今日の爆破はLinebergerのすぐそばだったんです。いつもよりえらくゆれました。ビンとかも落ちませんでしたがカタカタゆれていました。
とそのご、ガスくさい・・・・・ガスというか異臭でした。「ガスとちゃうか?」「toxic?」とか話していると、非常ベルが鳴り出しました。この非常ベル超音波で頭の中まで響くような激しいもので、もちろん鳴ると非難しないといけないのですが、中にいるわけにはいけないくらいの騒音なのです。
ベルが鳴ることはしょっちゅうなので、いつものように消防車が来て点検、誤作動のときは5-10分で終了しますが、今日は長い。みんな「今日はくさかったし、realやな」と話していました。約30分でベルは終了し部屋に戻ると無事異臭は消えていました。何があったかなんて細かいことは何の説明もないし、誰も気にかけていませんが、たぶん爆破の衝撃でガスがどっかからもれたのではないかと思います。
いつまで続くのか・・・・
2009年10月9日金曜日
爆破作業 at UNC lineberger
Lineberger Cancer Centerの裏で新しいビルの建設が始まっています。岩盤が固いようで9月から毎日2回爆破作業が行われ、そのたびにビルが揺れます。
UNCメールで以下のYouTubeが出回ってきたので、掲載します。
UNCメールで以下のYouTubeが出回ってきたので、掲載します。
2009年8月19日水曜日
がんばれ!井川選手
巨人ファンの私がまさかこんなことを口走ろうとは・・・・
日曜日、メジャーリーグベースボールのタンパベイ・レイズのAAAチームであるダーラム・ブルズの試合をダーラムへ見に行った。この日の相手はスクラントン・ヤンキースである。文字通りニューヨーク・ヤンキースのAAAチームである。この試合のチケットを選択した理由は、日本人の選手を見ておきたかったから。かといって、ブレーブスの川上憲伸投手はAAAにこないようだし・・・そこで、もと阪神の井川投手なら確実に(失礼)AAAかなと思いチケットを取ったのです。
予想通り井川投手はAAAに在籍、井川を見ようと出かけたのでした。ところが、前日井川投手は先発し負け投手に・・・これは、いないかな?と思いきや、いました、いました。外野フェンスに沿って土のところを走っていました。
試合前にノースローの調整をしているのでしょう.10分ほどその様子を見ていました.息子は井川選手のことはまったく知らないので、
「早く戻ろう、すわろう」と言っていましたが、
「もうちょっとがまんしろ」とわけの分からない我慢をさせ、待ちました.
すると、ランを終えた井川選手はこちらにやってきて、声をかけると快く息子のボールにサインをしてくれ、息子と記念撮影をしてくれました.
私が「巨人ファンです.」というと「え!そうなんですか!」と井川選手.
「あんだけ巨人を苦しめたあの投球がまた見たいので、ぜひがんばってください」
そう声をかけました.
そして握手を交わして、席に戻ったのでした.
アメリカに住んで2年、日本人のありがたさを感じることが多くなりました.そうすると、こちらで境遇はまったく違いますが、がんばって苦しんでいるであろう日本人をみると「がんばりましょう」と声をかけたくなります.それが、たとえ昔は嫌いだった井川選手にもです.そして今は、「井川選手がんばれ!」と素直に言えるのです.
日曜日、メジャーリーグベースボールのタンパベイ・レイズのAAAチームであるダーラム・ブルズの試合をダーラムへ見に行った。この日の相手はスクラントン・ヤンキースである。文字通りニューヨーク・ヤンキースのAAAチームである。この試合のチケットを選択した理由は、日本人の選手を見ておきたかったから。かといって、ブレーブスの川上憲伸投手はAAAにこないようだし・・・そこで、もと阪神の井川投手なら確実に(失礼)AAAかなと思いチケットを取ったのです。
予想通り井川投手はAAAに在籍、井川を見ようと出かけたのでした。ところが、前日井川投手は先発し負け投手に・・・これは、いないかな?と思いきや、いました、いました。外野フェンスに沿って土のところを走っていました。
「早く戻ろう、すわろう」と言っていましたが、
「もうちょっとがまんしろ」とわけの分からない我慢をさせ、待ちました.
すると、ランを終えた井川選手はこちらにやってきて、声をかけると快く息子のボールにサインをしてくれ、息子と記念撮影をしてくれました.
私が「巨人ファンです.」というと「え!そうなんですか!」と井川選手.
「あんだけ巨人を苦しめたあの投球がまた見たいので、ぜひがんばってください」
そう声をかけました.
そして握手を交わして、席に戻ったのでした.
アメリカに住んで2年、日本人のありがたさを感じることが多くなりました.そうすると、こちらで境遇はまったく違いますが、がんばって苦しんでいるであろう日本人をみると「がんばりましょう」と声をかけたくなります.それが、たとえ昔は嫌いだった井川選手にもです.そして今は、「井川選手がんばれ!」と素直に言えるのです.
2009年7月31日金曜日
home
妻の実家からの荷物に紅白のDVDが入っていた。前半のみであったが、息子と娘の「見たくない」という反対を押し切って、7月に見た。なんかつまらない歌が相変わらず多いなと思っていた。しかし、
「木山裕策さんです」
というアナウンスで目に飛び込んできたのは、40歳のサラリーマンシンガーであった。病気を克服してこのステージにこられた異色のシンガーだという感じであった。
「どんな歌をうたわはるのかな?演歌かな?」
それがとんでもない思い違いだったと気づくのにそんなに時間は必要なかったのでした。
「ぐぁーーー、なんじゃこれ・・・・・めちゃくちゃいい歌や・・・・平井堅かすんでしまうで・・・・」
と、「パパのパパと パパのママを」のさびではないていたのでした。本当にびっくりしました。
You Tubeでデビューまでのいきさつなどを拝見し、また涙。今頃・・・・ほんま乗り遅れた・・・という感じで・・・。
1年遅れのマイブーム「home」にはまっている今日この頃です。
「木山裕策さんです」
というアナウンスで目に飛び込んできたのは、40歳のサラリーマンシンガーであった。病気を克服してこのステージにこられた異色のシンガーだという感じであった。
「どんな歌をうたわはるのかな?演歌かな?」
それがとんでもない思い違いだったと気づくのにそんなに時間は必要なかったのでした。
「ぐぁーーー、なんじゃこれ・・・・・めちゃくちゃいい歌や・・・・平井堅かすんでしまうで・・・・」
と、「パパのパパと パパのママを」のさびではないていたのでした。本当にびっくりしました。
You Tubeでデビューまでのいきさつなどを拝見し、また涙。今頃・・・・ほんま乗り遅れた・・・という感じで・・・。
1年遅れのマイブーム「home」にはまっている今日この頃です。
2009年7月23日木曜日
夏が終わった、さあまたあらたな出発を
母校の夏が終わりました.昨秋3位で近畿大会に行った塔南高校に0-2で敗れ、Best16でした.昨秋3位というのはそこそこ投手力があるということ、打ち崩せなかったようです.残念ですが、最後の夏まで続けてきた3年生諸君は今後の人生に生かせる何かをつかんだのではないでしょうか.また、そうあってほしいものですし、今気づかなくてもこれからそれに気づく日が来るはずです.
そして、これからもう一戦、次の大学受験に向けてこれから、がんばってほしいものです.そして、自分の生涯をかけて打ち込める何かを大学で見つけてほしいと思います(まさか、プロ野球選手を第1に目指していた3年生はいないでしょう?).
また、私が慢性疾患で経過観察していた高校球児の夏も終わりましたね.本当に最後まで続けられてよかった.そして、これからもがんばれ!
そして、これからもう一戦、次の大学受験に向けてこれから、がんばってほしいものです.そして、自分の生涯をかけて打ち込める何かを大学で見つけてほしいと思います(まさか、プロ野球選手を第1に目指していた3年生はいないでしょう?).
また、私が慢性疾患で経過観察していた高校球児の夏も終わりましたね.本当に最後まで続けられてよかった.そして、これからもがんばれ!
2009年7月15日水曜日
人間尊重
本田技研工業の新社長の挨拶で、ホンダには人間尊重という考えがあるということをおっしゃっていた。創業者本田宗一郎は厳しかったが、時におやじで人間くさかったという。私のおじが本田宗一郎のもとで2輪の仕事をしていたが、同じようなことを言っていた。
「人間というものは、面白いものであり、不思議なものであり、必要のない人間というのはいないのである。」「人間にとって大事なことは、学歴とかそんなものではない。他人から愛され、協力してもらえるような徳を積むことではないだろうか。そして、そういう人間を育てようとする精神なのではないだろうか。」これらは、本田宗一郎の言葉である。こういった考えが今も受け継がれ、しかしそれに縛られることなく、発展していく。
そしてこの不況の中、人を切らずにF1をきった。断腸の思いであったろうに。人を育てることは難しいことであるが、人を育てることでどんな状況にも耐えうる組織が成り立っていくのである。わたしは、こういう会社が好きである。
2009年7月11日土曜日
高校野球 がんばれ後輩現役諸君!!
高校野球の京都大会が開幕した。後輩たちは7月15日に昨年と同じ綾部高校と対戦することになっている。京都新聞に過去20年間の優勝校の一覧が出ていたが、私が3年だったときの1988年第70回大会の優勝校は載っていない。そうか!21年たったんや!
夏の暑い日にも、もくもくと練習していた。帰ってからは私設図書館へいって勉強をした。私設図書館で眠りこけて閉館時に館主さんに起こされた事もあった。 家に帰ってからも必死に机にかじりつくことが、ここというところでポテンヒットをうむ。当時の監督の教えである。私の場合必死にかじりついていたが、本当 によだれをたらしてかじりついていたことも。それがよかったのかわからないが、最後の試合で三遊間へ内野安打、チーム初安打であった。その後の同点を狙うツーアウト満塁では見事に三振したのではあるが・・・・・・ともかく、当時の経験がなければ今もがんばれていないであろうと思う。それくらい、大切な時代であった。
気分はいまだに、現役ではあるものの21年・・・・・・ そういえば、大学の野球部の先輩のお子さんは今年3年生で最後の年。渡米前、練習を見に行ったときはこっぴどく監督に説教食らってましたが、メンバーに名前が載っているので、最後までがんばっているようです。ともかく、現役の諸君は必死でがんばってほしい。
夏の暑い日にも、もくもくと練習していた。帰ってからは私設図書館へいって勉強をした。私設図書館で眠りこけて閉館時に館主さんに起こされた事もあった。 家に帰ってからも必死に机にかじりつくことが、ここというところでポテンヒットをうむ。当時の監督の教えである。私の場合必死にかじりついていたが、本当 によだれをたらしてかじりついていたことも。それがよかったのかわからないが、最後の試合で三遊間へ内野安打、チーム初安打であった。その後の同点を狙うツーアウト満塁では見事に三振したのではあるが・・・・・・ともかく、当時の経験がなければ今もがんばれていないであろうと思う。それくらい、大切な時代であった。
気分はいまだに、現役ではあるものの21年・・・・・・ そういえば、大学の野球部の先輩のお子さんは今年3年生で最後の年。渡米前、練習を見に行ったときはこっぴどく監督に説教食らってましたが、メンバーに名前が載っているので、最後までがんばっているようです。ともかく、現役の諸君は必死でがんばってほしい。
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