2009年7月31日金曜日

home

妻の実家からの荷物に紅白のDVDが入っていた。前半のみであったが、息子と娘の「見たくない」という反対を押し切って、7月に見た。なんかつまらない歌が相変わらず多いなと思っていた。しかし、

「木山裕策さんです」

というアナウンスで目に飛び込んできたのは、40歳のサラリーマンシンガーであった。病気を克服してこのステージにこられた異色のシンガーだという感じであった。

「どんな歌をうたわはるのかな?演歌かな?」

それがとんでもない思い違いだったと気づくのにそんなに時間は必要なかったのでした。

「ぐぁーーー、なんじゃこれ・・・・・めちゃくちゃいい歌や・・・・平井堅かすんでしまうで・・・・」

と、「パパのパパと パパのママを」のさびではないていたのでした。本当にびっくりしました。
You Tubeでデビューまでのいきさつなどを拝見し、また涙。今頃・・・・ほんま乗り遅れた・・・という感じで・・・。

1年遅れのマイブーム「home」にはまっている今日この頃です。

2009年7月23日木曜日

夏が終わった、さあまたあらたな出発を

母校の夏が終わりました.昨秋3位で近畿大会に行った塔南高校に0-2で敗れ、Best16でした.昨秋3位というのはそこそこ投手力があるということ、打ち崩せなかったようです.残念ですが、最後の夏まで続けてきた3年生諸君は今後の人生に生かせる何かをつかんだのではないでしょうか.また、そうあってほしいものですし、今気づかなくてもこれからそれに気づく日が来るはずです.

そして、これからもう一戦、次の大学受験に向けてこれから、がんばってほしいものです.そして、自分の生涯をかけて打ち込める何かを大学で見つけてほしいと思います(まさか、プロ野球選手を第1に目指していた3年生はいないでしょう?).

また、私が慢性疾患で経過観察していた高校球児の夏も終わりましたね.本当に最後まで続けられてよかった.そして、これからもがんばれ!

2009年7月15日水曜日

人間尊重

本田技研工業の新社長の挨拶で、ホンダには人間尊重という考えがあるということをおっしゃっていた。創業者本田宗一郎は厳しかったが、時におやじで人間くさかったという。私のおじが本田宗一郎のもとで2輪の仕事をしていたが、同じようなことを言っていた。

「人間というものは、面白いものであり、不思議なものであり、必要のない人間というのはいないのである。」「人間にとって大事なことは、学歴とかそんなものではない。他人から愛され、協力してもらえるような徳を積むことではないだろうか。そして、そういう人間を育てようとする精神なのではないだろうか。」これらは、本田宗一郎の言葉である。こういった考えが今も受け継がれ、しかしそれに縛られることなく、発展していく。

そしてこの不況の中、人を切らずにF1をきった。断腸の思いであったろうに。人を育てることは難しいことであるが、人を育てることでどんな状況にも耐えうる組織が成り立っていくのである。わたしは、こういう会社が好きである。

2009年7月11日土曜日

高校野球 がんばれ後輩現役諸君!!

高校野球の京都大会が開幕した。後輩たちは7月15日に昨年と同じ綾部高校と対戦することになっている。京都新聞に過去20年間の優勝校の一覧が出ていたが、私が3年だったときの1988年第70回大会の優勝校は載っていない。そうか!21年たったんや!
夏の暑い日にも、もくもくと練習していた。帰ってからは私設図書館へいって勉強をした。私設図書館で眠りこけて閉館時に館主さんに起こされた事もあった。 家に帰ってからも必死に机にかじりつくことが、ここというところでポテンヒットをうむ。当時の監督の教えである。私の場合必死にかじりついていたが、本当 によだれをたらしてかじりついていたことも。それがよかったのかわからないが、最後の試合で三遊間へ内野安打、チーム初安打であった。その後の同点を狙うツーアウト満塁では見事に三振したのではあるが・・・・・・ともかく、当時の経験がなければ今もがんばれていないであろうと思う。それくらい、大切な時代であった。
気分はいまだに、現役ではあるものの21年・・・・・・ そういえば、大学の野球部の先輩のお子さんは今年3年生で最後の年。渡米前、練習を見に行ったときはこっぴどく監督に説教食らってましたが、メンバーに名前が載っているので、最後までがんばっているようです。ともかく、現役の諸君は必死でがんばってほしい。

2009年7月6日月曜日


大きな地図で見る

ノースカロライナは東に海岸、西にアパラチア山脈中央は一面の林といった構造になっています。
この写真はノースカロライナ州の東の端、大西洋に面したところです。細長く海に浮かんだ土手の部分がOuter Banksという美しい海岸である。ライト兄弟がはじめて飛行機を飛ばしたKill devil hillがあり、またこの海岸の周辺は潮流の関係から海の難所であった。したがって、灯台が1800ごろにたくさん作られ今も現役で働いている。これら灯台見物も見もののひとつである。

今年も少し休みをとっていってきました。息子が昨年昇れなかった灯台へ行くためです。Hatteras灯台は北米で一番高い美しい灯台。268段の階段が有、上へ上れます。また、1999年には海岸近くにあったのですが海岸の浸食で倒れる危険が出たので、1年近くかけて内陸に立ったまま移動させたのでした。

今回見た3箇所の灯台の写真を並べます。


Ocracoke灯台














Hatteras灯台



















Hatteras灯台の上からの眺め(Cape Hatterasを望む)















Bodie island灯台



















どれも、趣があり私好みです。微動だにせず船を導く灯台になぜか共感するのでした。

2009年7月5日日曜日

はじめまして Yahoo! blogから移行計画中

ノースカロライナに留学している小児科医です。日本では小児科医の絶対的不足を含め小児医療の崩壊が問題がありますが、そんなご時勢にもかかわらず海外で研究させていただいております。これも、大学の先輩、同級生、後輩たちのおかげであります。留学し6ヶ月、いろいろな経験をしましたが、少しづつ書き残しておこう、それから、これからおこること、思ったことを書き残して、これから留学をしようとする方、小児科を目指す方の参考になったらと思います。小児科医は何のためにあるのか?1)診断・治療の実践:現場で病気の子どもたちを診断し治療をする、2)発達支援:子ども達の発達を考慮し教育、医療、療育、保育といった環境を調整する、3)予防:子ども達が病気などにならないようにする、4)研究、開発:現在治らない病気、診断の困難な病気を分析し、侵襲の少ない診断法や後遺症を残さず治る新規の治療方法を構築するこういった役割をいろいろな立場の小児科医がそれぞれの立場で実践して小児科医療が成立するのです。そして、未来の世界を支える子どもたちを守ることが小児科医の役目なのです。留学して経験しえたことが、今後、自分や周囲の人々にどう影響するのかときどき考えていこうと思います。